強く見えた背中の、その奥にあったもの
2025.07.24
小さかった頃、親はなんでもできる人に見えていました。
間違えない。揺るがない。いつでも強くて、守ってくれる存在。
そう信じて疑わなかった、あの頃のまなざしは――
いつの間にか、少しずつ変わってきたように思います。
「親も、ただの“ひとりの大人”だったんだな」
そんなふうに感じるようになったとき、
それまで見えていなかった景色が、少しずつ浮かび上がってくるのかもしれません。
1. 完璧ではない言葉の中にも、精一杯があった
幼い頃にかけられた言葉。
当時はきつく感じたことも、どこか納得できなかったことも、
今なら、少し違って受け取れるようになってきました。
自信がなかった日も、余裕のない夜もあったはず。
それでも「ちゃんと向き合わなきゃ」と、
不器用なままに精一杯だったのかもしれません。
完璧じゃなかったかもしれないけれど、
そこにはたしかに、まっすぐな気持ちが込められていたような気がするのです。
2. 強く見えた背中にも、揺れる気持ちがあった
厳しく見えた態度や、わかりにくい優しさ。
その裏にあったものが、今になって少しだけ見えるようになった、
そんな気がするときがあります。
正解ではなかったのかもしれない。
でも、守りたかった、育てたかった、という思いだけは、
たしかにそこにあったのではないかと、感じる瞬間があります。
3. 誰も“親になる準備”なんて完璧じゃない
親もまた、誰かの子どもだった時期を過ごしてきたひとり。
いきなり大人になれるわけでも、
すべてをわかっていたわけでもないのでしょう。
「こうあるべき」と思いながら、
迷い、揺れ、それでも前に進んでいたその姿が、
今の自分には、少しだけ理解できるようになってきた気がします。
4. 理想の姿ではなかったかもしれない。でも、伝えたかった何かがあった
いつも正しくなんていられない。
いつも強くなんていられない。
そんな人間らしい姿を、少しずつ理解できるようになったとき、
私たちの心にも、そっと変化が訪れるのかもしれません。
完璧じゃなかった背中に、
それでもなお伝えたかった気持ちや、そばにいようとした温度があったと、
静かに気づけたとき――
それは、自分自身の不完全さにも
やさしく光を当てられるようになる、ひとつのきっかけなのかもしれません。
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